こんにちは、兵庫県のあんころです。
今回は、私の平和観について執筆します。
私は以前、高校生平和大使をされていた山西咲和さんのnoteを読んだりお話する機会がありました。平和を願う一方、戦争や核兵器は昔のこと、遠い他の国での出来事とどこかで感じていた私の胸に、彼女の言葉がすとんと落ちてきた感覚を覚えています。
平和や核廃絶に向けての取り組みは国内だけのものでは無く、世界各国の協力が必要となりますよね。私は小学生の頃から国際協力や絶対的貧困に興味があり日々勉強中なのですが、自身の経験の中で一番衝撃だったのが、中学1年生時マレーシアでのボランティア活動に参加して感じたボランティアの「やってあげる感」でした。体験に過ぎなかった活動を通じて私達はお客さんとしてマレーシアに来たのだなと痛感しました。
用意された支援ではなく、現地の人の話を聞き一緒に知恵を絞ってどうすればいいか考える。その国の価値観や文化を肌で感じ、理解することが重要なのではないのかと疑問を持つようになりました。つまり一方的に折り紙や日本の歌を教えることが国際ボランティアなのではなく、お互いの文化や歴史を伝え、相互理解をすることが大切なのだと実感したのです。私は他国に関するニュースが流れた時、自分のことのように喜び、胸を痛められるような社会であってほしい。その1つ1つの積み重ねが平和の実現に近づいていけるのではないでしょうか。
「国際協力」や「平和」という言葉にはどうしても漠然としたイメージを持ってしまいますよね。しかしこれらの言葉の共通点は、どちらも隣にいる人を笑顔にすることから始まるということだと私は考えています。今記事を読んでくださっている皆さんの家族、友人、大切な人…その人達と笑顔で過ごせること、そして相手を理解しようとする姿勢から国際協力や平和の輪が広がっていくと考えます。
祈りではなくアクションを。そして平和大使のスローガンにもあるように、私達は微力だとしても無力じゃない。今後、Youth Peace Messengersの活動を通して皆さんの意見や考えも聞きたくさんの学びを吸収したいです。 最後まで読んでくださりありがとうございました。
次は、兵庫のそうが彼の平和観について執筆します!
是非、ご一読ください。
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